くやしい気持ち


息子は陸上競技をやっていて、シーズンになると月に一回は競技会がある。


練習はともかく試合は苦手、という母親と同じく本番のプレッシャーに弱いメンタルを持つ彼は、いままでリレーの選手になったことがない。

そもそも学校のリレーの選手になりたい、もっと早く走りたい、というのがきっかけで入会したはずなのに。競技会への参加意識が低すぎて、それは毎回応援にいくこちらがガックリするほどだ。


競技会になると、通常は練習していない幅跳びやらハンドボール投げもやらされる。トラック競技なのでしょうがないことなのだが、ただ短距離を早く走りたいだけの彼にとって、このエントリーはまったく不如意な割り当てだ。


そのせいか、後輩たちに記録で負けてしまってもまったく悔しさを見せない。夫ともども「やる気あるの!?」と、ついヒートアップしがちだけど。
モチベーションを高められるのは己だけなのだから、こちらがやきもきしてもまったく効果はなく、漫然と練習に通う日々が続いていた。


が。いかなる偶然か、今日は奇跡の巡りあわせによって、なんとリレーの選手として初めてアンカーを走ることになったのだった。もっとも闘争心の薄い彼のこと、鼻息が荒いのは親ばかりなり、なのだけど(-_-;)

相変わらずのんびりと、後輩より距離の出ない幅跳びを終え、後ろから2番目の記録で100m走を走ったあとは、ただタラタラと漫画を読みふけってリレーの順番をひたすら待っていた。


東京は大気が不安定で、場所によっては雹がふったり集中的な雷雨に見舞われた日曜日。
リレーの前の競技の段階でにわかに大粒の雨が降ってきて、「まさかここまできてリレー中止!?」とヒヤヒヤしながら出番を待っていたけれど、なんとか女子のリレーまでこぎつけた。


高学年女子のリレーで、それまでトップを走っていた子がバトンを受け取ったあと、先ほど降った雨に足をとられたのか、コーナーで転んでバトンを落としてしまった。見ていたこちらも思わず「あっ!」と声が出るような派手な転び方。


すぐに起き上がってバトンを手にした彼女は、転倒の際に自分を追い抜いた二人を再び抜き返したものの、あと一人が抜かせず二位でゴール。握り締めたバトンで泣き顔を覆うように飛び込んできた姿には、思わずこちらの目頭が熱くなってしまった。


泣くほどくやしい。その気持ちは、よくわかる。
雨さえ降ってなかったらあのまま勝てたかもしれないけど。条件が悪いのはどの選手も一緒、言い訳にはならない。

そういうことがわかってるからこそ、泣けちゃうんだものね。


と、よその子の走りに感動しつつ、すわ我が子はいまどうなっているのか?と眺めてみるものの。
アンカーなのでゴール前で待ち構えている自分の位置からは、息子がどんな表情で初めてのリレーに臨んでいるのかは見えない。


緊張してるのか、それとも天気に気を取られているのか、自分なりに戦術を考えているのか。

前に転んだ子を見ただけに、せめて本人が後で悔やむようなミスはなく、無事に走りおおせてくれますように、とひたすら祈る。


第一走者は練習でよく顔を合わせる子で、しょっちゅうリレーにも出ているせいか落ち着いてるように見える。その背中が、ピストルの合図であっという間に遠くなる。

トラックの反対側で見えにくいけど、どうやら息子の所属するクラブは第二、第三走者で一位になったり二位になったりと競る展開に。徐々に一位との差が開きかけたところで、アンカーの息子にバトンがわたった。


多分聞こえないだろうと思いつつ、息子の名前を叫ぶ。初めて仲間から託されたバトン。落とすな、そのまま走り抜けろ!

ゴールを二位で駆け抜けた息子は、いつになく必死な表情だった。悪くなかった。うん、よく頑張った。
早速走り終わった息子の近くまで、娘の手を引いて走っていく。


感動的なラスト、と思いきや。意外なオチは「オーバーゾーン」。

バトンは落とさなかったものの、バトンワーク自体に慣れてなかった息子は受け渡しエリアをミスってしまい、失格になっていたという。嗚呼、なんてこと・・・orz


でも結果がわかるまでの間、自分は託されたバトンを受け取り、なんとか二位のままゴールしたんだ、と思い込んでいたときの彼の顔つきは、自分の競技を割り当てのように淡々とやってるだけのときとは違って見えた。


いつも親に叱咤され、いやいや参加していた競技会。
決して足が遅いわけでないけれど、専門のクラブには自分より速い子がうじゃうじゃいるから、とにかく競技会では自分の出番だけ終えればいいや。そんな風に思っていたはずだけど。


リレーの選手になることで、いつもは見られない景色が見えたんだと思う。
自分より数段速い相手と競ったこと。仲間から託された順位を下げてゴールしたくない、という一心で必死についていったこと。

そして何より、その全力の走りが公式記録ナシとなってしまったことのくやしさ。これをちょっとでも感じてくれて、これからの練習が彼にとって違うものになったなら、今回の経験はもうそれだけで十分なのだと思う。


本当は、もっと前から息子は息子なりにくやしい思いをしていたのかもしれない。
でも、性格的にそれをあからさまにしていないだけだったのかも。ちょっと失敗しただけで、親もいちいちうるさいし(苦笑)。


「くやしい気持ち」の扱い方、もっと息子自身に任せた方がいいんだろうな。
これからどんどん自分で考えたり、自分で責任とっていかなくちゃいけないことが増えていく年齢になっていくんだし。
いつまでも親が守ってあげられるわけじゃないんだもんね。


初めてのリレー選手という大役に抜擢されたプレッシャーから開放され、息子はすっかりリラックスモード。娘と一緒に競技場横の原っぱで遊んでいる。


雨上がりの夕暮れ。
濡れた草の海原をかき分けていた足をふと止めて。

青いジャージ姿のまま走り回る、その背中を遠くからぼんやりと眺めていた。