藪の中


何十年ぶりかで中学校の同窓会に行った。

いい思い出があまりなかったので行くかどうしようか迷ったけど。年賀状のやりとりだけになっていた数人と会えるならそれもいいか、と思い直して出席の欄に○をつけた。


私が中学生だった当時、学校はものすごく荒れていた。

尾崎豊の歌のように校舎の窓ガラスにはヒビが入り、トイレのドアは蹴破られ、便器は割れ、骨組みだけになってグラグラした教卓で授業は行われていた。


いまは正座の強要ですら体罰扱いされるらしいけど、当時は生徒の暴走を止めるために教師の側もかなり厳しい指導をしていた。
竹刀を持って生徒を取り締まる体育教師や、ささいなことで生徒を(男女問わず)平手打ちする女教師、そうかと思えば露骨なほどの依怙贔屓もあり、毎日学校に行くのが苦痛だった。


ヤンチャなコは教室の後ろで勝手に音楽を流して踊り狂い、怒る先生が教室を抜け出した彼らの後を追いかけると、それでもうその日の授業はおしまい。

「ああ、今日もまた自習か」とため息を漏らす背後で、火事でもないのに押された非常ベルが鳴り響いたり、消化器の泡が廊下いっぱいに広がったりする中、次の授業のために教室を移動したり。そんなめちゃくちゃな毎日だった。

(※だから、高校に入学したときは心底「ああ、学校ってこんなに平和なんだ」とホッとしたのだった。それでも、リア充にはなれなかったんですけどね・・・(-_-;))


でも、そんな風にヤンチャしてたはずのコたちもそんな過去などなかったかのように、あれほど迷惑をかけたはずの先生たちと和やかに談笑していた。

歳月は人を、そして思い出を変えるんだな、などと他人事のようにそれを眺めながら、自分は予想どおり、大して会話も弾まないまま何人かと当たり障りのない会話を交わし、冷めた立食メニューを口に運んでいた。


小学校から一緒だったKのことは、いかにもな容姿からひと目でわかっていた。
初恋の人、とかそういう甘い思い出ではない。彼は私の敵の一人だった。


Tという、いま思えば親からのネグレクトに遭っていたのではないか?と思しい女子を小学校の後半三年間いじめ抜いた男、それがKだった。

そのいじめ方は、今考えてみてもおよそ尋常ではない。その執拗さに激怒した私は、たびたびKと衝突した。はっきり嫌だ!と態度表明できないTへの苛立ちももちろんあったけど。


飛び蹴りを食らって床に倒れるTを助け起こし、Kの胸ぐらをつかんで壁に押し付ける。

「やめろって言ってんだよっ!」「ウルセー、女のクセに!」
応戦するKと、取っ組み合いのケンカになって休み時間の教室は大騒ぎ。職員室にだれかが担任を呼びに行き、二人まとめて怒られる、ということもよくあった。

(「いじめられてたTをかばっただけなのに、なんでこっちまで叱られるんだよ」、と当時の自分は思っていた)


「いじめられっ子」のレッテルを保持したTが、中学校でも引き続きいじめられたのは間違いなくKのせいだ。

いま思えば、12歳くらいの子どもがそこまで執拗に他者に危害を加えるという状況には、何がしかの背景があったのだろうけど。もうそんなことは外野にはわからないし、Tにとってもきっと忘れたい過去に違いない。


そんなKに声をかけるか、最後まで迷った。

でも、ここで声をかけないと、もう一生会うこともないだろう。会費8000円も払ったんだし、挨拶くらいしとくか。


名前を名乗ると、Kは懐かしそうな顔で「あーっ、覚えてるよ!オマエとよくケンカしてたよなー。昔オレ、結構ヤンチャしてたっていうか、みんなには謝りたいなった感じなんだけど」と右手を差し出してきた。

思わずこっちも握り返し、なんだか妙な気分になる。


ヤンチャしててゴメン、のひと言で済んじゃうんだ。あんなにひどいことしてたのに。Tがここにいても、コイツは同じことを言うんだろうか。

でも、不思議と嫌悪感はない。


情報がいまより少ない分、まともな判断力もなく、お互いバカな小学生をやり。
文字どおり取っ組み合いするほどお互いをぶつけ合うような付き合いをしたKは、自分にとって貴重な幼馴染だったのかもしれない。


小学校のときからビートルズにかぶれ、掃除当番のときも箒でギターを弾く真似ばかりしてまったく掃除せず。
「掃除サボんじゃねーよっ!」「ウルセー、女のクセに!」

しかしその初心を貫き、今は地元でワインバーを経営する傍らライヴ活動をし、コミュニティFMで自前の番組も持ってるらしい。
帰宅後、Youtubeで検索した動画のKは、昔のままのちょっとハスキーな声でJazzyなナンバーを歌う大人の歌い手さんになっていた。


当時からリア充だったみんなは、名刺やメアドを交換して楽しそうに二次会に向かっていった。

自分は「今日出られなかった分、明日は練習に行く!」を理由にして一次会だけで帰った。もちろん、メアドや名刺交換した人はおらずw


ただ一人、Kが「よかったら来てよ」とお店の名刺を渡してくれたとき、ぐっと手を引かれてハグされた。なんだか懐かしい感覚。
ああそうだ、こんな風にくっついて、よくケンカしたんだよなあ。


過去はもう覆らないけど、そんなに悪いイメージだけで自分の子ども時代を捉える必要もないのかもしれない。と思いつつ、欠席したTのことも気にかかる。

間違いなく彼女の人生は、あのいじめで変わってるはずなんだ。
そのことで、私が彼女に負い目を感じる必要はないのに、何十年経ってもなんとなく棘みたいに残ってしまっている。
Kと取っ組み合いはしたけど、私は別にTを救ったわけでもなんでもない。


思い出って、一体何なんだろう・・・