葦牙(あしかび)〜こどもが拓く未来〜


盛岡にある児童養護施設・みちのくみどり学園。ここに入所する子どもたちの日々を追ったドキュメンタリー映画「葦牙(あしかび)」を観た。

※映画の公式サイトはこちら→


タイガーマスク伊達直人)現象が話題になったことで、厚生労働省の細川大臣が児童養護施設職員増員発言をしたり、世の中の流れはいい方向に向かっていると思う。どこまで実現化するかはきちんと見守っていかなくてはいけないし、一過性のものにしないために自分にできる努力はこれからも続けていきたい。


そのためには、虐待を受けて保護された子どもたちが日常を過ごす場所である児童養護施設がどんなところで、子どもたちがどんな風に暮らしているかを知らないと。そのヒントになるかと思い、近所で開催されていた上映会に参加した。


映画には何人かの子どもたちが、顔や名前を出して登場する。実際に子どもに虐待を加えていた母親も、だ。みんな勇気あるなと思った。

冒頭、いきなり子ども同士の間で諍いが起こる。一見乱暴者の少年がいじめてるように見えて、所員が話を聞いていくとそこには深いわけがある。
施設に入る段階で、子どもたちの心の中はすでに大嵐だ。強がることでなんとか自分を保とうとしている少年には、すぐ弱音を吐いて職員に泣きつき、被害者面して物事を解決しようとする仲間が許せない。でも、その思いを自分ではうまく言語化出来ない。手が出る。言葉はつい乱暴なものになる。


似たような年齢層の子どもたちが共同生活をするので、衝突は避けられない。それを日常捌いていく職員も、決して聖人君子ではない。早朝、おはようと声をかけただけの少年に荒れた言葉で反撃されれば、一日暗い思いを抱いて働くことになる。子どもの心理や対応に長けた職員とはいえ、やはり人間なのだ。寝食を共にする子どもの態度に、心が揺れないわけではない。

彼らを撮影する監督のカメラに向かって、唾を吐きかけてくる少年もいる。冗談のつもりのようだが、かなり荒っぽい歓迎だ。


けれど荒れた心の向こうで、子どもたちのなんとかまっすぐに伸びようとする思いが見え隠れする。

映画の舞台となった施設では、生活の場で様々なイベントがある。少人数での施設外への宿泊体験で密に触れ合う時間を持ち、和太鼓を子どもたち自身の手で作って演奏するという活動をやったり、自分の言葉で自分の決意を発表する場を設けたりしている。

中でも発表会は自分の思いを言語化し、抽象的な怒りの感情を客観的に見つめ直すことで、自分が取るべき行動の新たな指針を自分の内部から見出させる。そんな施設側の意図があるのだと思うが、日常生活をつつがなく送るだけでも大変なのに、子どもたちの内面を豊かにすべく職員の方々が尽力されているのがよくわかった。


どこの施設も同じことをしているとは思わないし、もっと優れた運営をしている園ももちろんあるだろう。

この施設にいても「これだけよくしてもらってありがたいです」なんて在園児たちが言うとしたら、そこにはきっと嘘が混じるはず。
血のつながった親子も同じだと思うけど、子どもたちは大人に反発し、受けた好意を当然のように無駄遣いしながら育っていく。そうやって生きていく権利があるのだ。

「これだけ尽くしてやったのに」。そんな見返りを求めず、自分たちを受け止めてくれる場を、大人の存在を、彼らが全身で求めているのが伝わってきた。


かつての孤児院のイメージが根強い児童養護施設だが、実際の在園児のほとんどに親や親族がいる。虐待や親の病気(特に精神疾患が増えているらしい)により、親元で暮らせない子どもたちが生活している場、それがいまの施設だ。

映画ではあまり詳しく触れないが、これまでの児童福祉政策は戦争で孤児となった子どもたちを保護するためのもので、それは現代の子どもたちが抱える事情とかなり食い違ってきている。
親のない子に最低限の衣食住を提供する、という時代ではもうない。にも関わらずこの国の児童福祉政策は、親が存命なのに一緒に暮らせないという心に傷を負った子どもたちに、きめ細やかな精神的ケアを提供しきれていない。いや、現場の職員はそう心を砕いていて、恐らく物心両面で相当持ち出しながら日々やりくりしているのだろうと思うが。


映画はドキュメンタリーでもあり、時に冗長な描き方と感じる部分もあった。
ただ全体的に、子どもたちの「自分自身をまっすぐに生きたい」、と成長する意思にフォーカスした描き方が中心なため、児童虐待を扱っても悲惨さはない。
劇場で一般公開後にDVD化して販売する形ではなく*1、各地を巡回して上映する方式を取っている映画なので、もし近くで上映する機会があれば、興味のある人にはぜひ足を運んでほしいと思う。


少子化を問題視するなら、まずはいま生きている子どもたちにもっとさまざまなリソースが割かれますように。
この映画を知る人が一人でも増えて、施設で暮らす子どもたちの未来に、少しでもいい材料を届けられるよう、これからも自分のやれることをやっていこうと思う。

*1:出演する子どもや母親たちへのプライバシー上の配慮からそうしているらしい。