彼の秘密


息子が友だちとちょっとした諍いを起こした。息子にとっては軽い遊びでしたことだが、やられた方にはかなりムカつく行為をしたらしい。
二人の間ではすでに解決したことだったが、問題はそれを丸一日親に黙っていたこと。


そのことで問い詰めたら、そこから派生して同じクラスの子に毎日軽い嫌がらせを受けている事実が出てきた。相手の名前を聞くのはもう何度目だろう。そのときにも対処したつもりだったけど、解決してなかったということか。


相手は軽い遊びのつもりで毎日仕掛けてくる。息子としては自分にできる範囲で抵抗しているつもりでも、一向に止まない。それなのに、自分が同じようなことを友だちにやると、なぜ自分のときだけこんな風に怒られるのか。

泣きながら訴える息子の胸の内を思う。悔しい、理不尽だという気持ちが痛いほどわかる。
そのことと、友だちにしたことは別だと話したけど。


「ケンカになったら俺の方が絶対強い。あんなヤツに負けない。でも、やれば先生に怒られるのは自分だ。だからどうしようもない」


心臓のあたりがぎゅっと痛む。自分のことだったらこうはならない。お前は悪くないよ。悪いのはそいつだ。


・・・いや、違う。きちんとした対処法を取れずに、もう解決したと思って放置していた自分のせいでもある。

今のクラスで一緒に過ごすのはあと1ヶ月ほど。でも新学期からもまたそいつと同じクラスになったら?
いや、そいつと別のクラスになったって、似たような相手はまた出てくるものだ。いつまでもこのままでいいはずがない。


年齢的に、生徒間のいざこざは子どもたちだけで解決しろ、というのが担任の方針らしいけど。
もう少しこっちも強い態度に出るべきかもしれない。ある程度継続性があるようなので、相手の親にもきちんと理解してもらった方がいいはず。

対処法として、いろいろと考えることはあるけれど。


格好悪い自分。弱い自分。上手に相手に意思を伝えられない自分。
それを真っ先に隠したい相手が親。そういう年頃になったんだな、とふと思った。


毎日楽しそうに学校に行っている顔の裏で。つらいこと、悲しいこと、淋しいこと、世の中の理不尽さについて、彼なりに考えているのだろう。


でも、そんな弱さとたった独りで戦う必要はない。自分たちは君の味方だ。いいことも、悪いことも、どうか隠さないでほしい。
親として一応そんなことを息子には伝えた。でも。


これからもっともっと、彼の秘密は増えていくだろう。
親の力で彼の笑顔や涙をどうこうできる。そんな幸せな時代はもう過去のものになっていく。


どうか彼のこれからの戦いが、孤独なものでありませんように。
味方はたくさんいる。君は一人ぼっちではない。そのことをどうか忘れないで。


風呂場から響く夫と息子の笑い声を聴きながら、ほんの少しだけ泣いた。