届かない思い〜「檸檬のころ」〜


平川地一丁目祭りの一環で、公開されたときでさえ観なかった直次郎出演作「檸檬のころ」を見た。
今頃。レンタルで。


・・・イイネッ!青春ものはもういい加減ついてけないだろーと思ってた汚れた大人の自分にも、意外や共感するところがかなりあった。



それはきっとこの作品が「青春もの」を撮ろうとしてるわけじゃなくて、「届かない思い」そのものを描こうとしているからだ。
高校時代なんて、中学より世界が広がった気分でいても、まだまだ何もかもが力不足。自分の感情のコントロールも満足に出来ない。
でも、ちょっとずついろんな差が開いていくのはわかるし、それでもそこで地道に努力できるヤツと出来ないヤツとの人生が段々に別れていく。同じ試験受けて入学し、同じ校舎で、同じ授業受けていたのに。


恋愛ものじゃ、ないのだ。

しょっぱな、なぜか出てくる暗ぁ〜い西の恋心。中学時代はそこそこ仲良かったように見える加代子との関係だけど、多分彼の思い込みの深さが彼女を遠ざけ、もっと明るい佐々木に近づけることになったのではなかろうか。
彼が自分で加代子を「手の届かない存在」にしてしまい、その思いにがんじがらめになっている様は、似たような灰色の青春を送った自分には非常にストレートに刺さった。自意識過剰なんだよね、結局。
でも、そうとしか出来ない。その辛さからどうやって抜け出せばいいのかわからない。
今さら、仲良く笑い合えた中学時代の二人には戻れない、ということだけははっきりしている。


優等生で顔も頭もよく、地元栃木の田舎風情が嫌いな加代子は、その優等ぶり故に「熱くなる」ことはない。熱くなんてならなくても、彼女は栃木でだったら十分にやっていけるから。
実際加代子はかなり嫌味な女なんだけど、「誰からも愛される文句のつけようのない優等生」で留まっているのは、透明感ある榮倉奈々ちゃんの魅力のお陰に思える。


そんな彼女は、明るい野球部のエース・佐々木の思いさえ、田舎暮らしとともに葬り去ってしまう。
二人の進路が分かれ、遠くない未来の別れが明確になった日。加代子を自転車の後ろに乗せて坂道を飛ばす佐々木。言わずもがな、これは疑似セックスであり、実際「すっごく気持ちよかった」と加代子に言わせ、それを佐々木は「エロい」と口にしている。でも。

はちきれんばかりに加代子を腕に抱きしめたい思いを抱えつつ、彼の精一杯は加代子の髪に触れることだけだ。
中学時代の西に、自分のリップクリームを塗って気を持たせる女・加代子は、自分よりレベルが低い佐々木にも決して抱擁を許さない。
というか、加代子は佐々木にとってもまた「届かない存在」そのものなのだ。
あの状況で押し倒せるほどまだ佐々木はケダモノじゃない。見ているこちらの目頭が熱くなるばかりのDTテイスト。うう、泣ける・・・


音楽ライターを目指している恵に至っては、恋愛成就もままならず、仕事に生きる未来がすでに暗示されている。
一番の仲良しが年下で、その志摩ちゃんにさえ音楽雑誌のレビューで出しぬかれた上に、恋心を抱く辻本の彼女の話題では気を遣われ、辻本本人にも「友だち」とはっきり言い切られてしまう。まったくもってイタイ青春。でも、その中で見つけるひと筋の光明が、辻本のバンドから依頼された曲に詞をつける、という「仕事」だ。


このシークエンスは、仕事で自分の実力不足を思い知らされ、落ち込んだ経験のある人なら涙なしには見られない(かも?)。
大好きなクライアント、もっとも軽蔑してほしくない相手。その前で、「ダッセェ!」と詞にNGを出されたりしたら・・・どうしたらいい?胃が痛くなる思いが悪夢となって彼女に立ちふさがる。

そんな自意識過剰な状態から、「届かない思い」そのものを詞の形にすることで、彼女はたった一人そこから抜け出していく。
最初はちょっと演技過剰かな?と思ったけど、このあたりの恵を谷村美月ちゃんは魅力的に演じていた。


他にも、担任役の浜崎貴司は恐らく地元から抜け出せず、かつての教え子・金子商店の孫息子(石井正則)は、すでに司法試験を10回落ちて故郷に帰ってきたり、若者だけじゃなくてみんな、何がしか「届かない思い」を抱えて生きている。

その思いが渦巻く場所として、栃木という場所はとてもうまい設定だったと思う。
東京に憧れるとはいっても、移動できない距離ではない。なのに、決して都会ではない。このあたりのジレンマを運ぶ路線として、烏山線がうまい具合にはまっている。自分の故郷がこんな風に映像化されるなんて、栃木の人が少しうらやましい気がした。


で。
最後にとっておいたw辻本役の俳優・林直次郎ですが。


いや〜、いいと思いますよ、はい。うまい下手で言えば間違いなく下手だろうけど(ゴメンネ)、辻本役にはピッタリ。
バンドのことで頭いっぱい過ぎて、恵の恋心にまでは思いが及ばない。振った直後の恵に、「彼女ってどんな人?」と聞かれてペラペラしゃべってしまう、その鈍感そうでKYな感じがじつに、じつに似合っている。

男の子の繊細な恋心は、柄本(佐々木)・石田(西)組が十二分に魅せてくれてるので、*1この配役はこれでベストでしょう。
ここに演技上手な男の子を配さないとこに、なんとなく監督のセンスを感じるんだよなあ。ダサかっこいいのが青春の魅力、というか。


しかしまあ、10歳でオーディションに出て健気にギターを弾いていた、あの可愛い男の子がこんな役をやるようになるとはねえ〜。
ぶっきらぼうでチャラい感じのセリフ回しだけど、横顔の美しさがこれでもかと映し出されていて、この時期の彼をスクリーンに残してくれた関係者の方々には感謝したいです、本当に。


クライマックスの学園祭で、イケメンがゆえにリードギターとボーカルを取ってるはずの藤山より、圧倒的なうまさとカッコよさを見せつけすぎてる点はご愛嬌。この場面の説得力で、他のすべてをねじ伏せる輝きがあった。

直次郎、カッコよかった!すっごく!(谷村美月ちゃん風)


「もう自分は汚れっちまった大人だしね〜」とお思いのあなたも、ぜひ。
いろんなものに「結局、届かなかったなあ・・・」という挫折を知った大人だからこそ、刺さるものがある作品になっておりますよ。

*1:二人がそれぞれ加代子と別れるシーン。どちらもとてもいい演技をしていてグッとくる。柄本君の涙がじわっと浸みてきてる目、とてもよかったなあ〜・・・