小さい命

ひな祭り。仕事が立て込んでしまい、オール手作りとはいかない献立になった。デザートのひな祭りケーキは夫が買ってきてくれて、とりあえずなんとか形だけ整える。慌てて買った桃の花は、まだつぼみだらけでちっとも華やかじゃない。

子どもたちはそれぞれ、学校、保育園で給食にちらし寿司を食べていた。にも関わらず夕食のメニューもちらし寿司。それでも、ケーキも食べて喜んで寝付いたと思ったら。
夜半、娘が大量に嘔吐。びっくり。普段あまり吐かない子なので、本人が一番ショックを受けたらしい。大泣きして、口の中が気持ち悪い、服が冷たい、髪の毛洗って、と言う意味のことを訴える。


本当はこっちもかなり慌ててたけれど。こういうとき、親があたふたすると余計子どもが動揺する。「汚れちゃったねー、じゃあお風呂いこうかー」と、務めて明るく話しかける。こっちにも吐瀉物がかかっているけど、それは後回し。夫は布団への被害を最小限に食い止めるべく、そちらの処理に専念する。

洗面所でまた嘔吐(えづ)く。手のひらを差し出し、「ここに出していいよ」というと、我慢していた分を安堵したように吐き出す。いきなり床面に直に吐くなんて、心情的に出来ないのだろう。いっちょまえになったなあ。
とにかく全部吐き出させないと、横になったとき気管に詰まったりするのが怖い。もうこのあたりで、多少の汚れは仕方ないか、と諦める。いいんだ、あとで洗えば。


汚れた服を脱がせ、髪や身体についた汚物を取り除き、あたたかいお湯に包まれて、娘はようやく落ちついたらしい。「自分でぶくぶく出来る?」と聞くと、小さく「うん」と言って頷き、シャワーのお湯を口に含んで上手にうがいをした。

新しい寝間着に着替えて、夫が片付けてくれた布団に横になると、すぐに寝息が聞えた。でも、しばらく側で添い寝する。大丈夫だろうと思いつつ、不安な思いを抱えて隣で眠った、子どもたちがもっと幼かった頃を思い出す。


「このまま熱が下がらなかったら、どうしよう?」

「病院に連れて行くべき?それとも大袈裟に考え過ぎ?」


時間が経てば笑い話になることも、そのときの当事者としてはいつもハラハラしっぱなしだ。
小さい、小さい命。それを私は、預かっている。何かあったらそれは間違いなく、自分の責任なのだ。

その重さにつぶされそうだった頃、育児はとてつもない苦役に思えたけれど。
いまはやっぱり、ここに存在してくれていることの幸せをしみじみと感じる。


小さい、小さい命。そのいとしさ。

生まれて来てくれて、ありがとう。
こんな時間を与えてくれて、本当にありがとう。

娘の額にかかった髪をほどきながら。
心の中でそっと、つぶやいた。