山月記のタイガーみたいに

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整形して逃亡していた市橋容疑者が、少しずつ話を始めているらしい。


  取り調べの際、職業について「(医者に)なれませんでした」と供述していることが捜査関係者への
  取材で分かった。
  市橋容疑者の両親は医師で、捜査員が「医者にならなかったのか」などと問いかけた際に答えたという。

なんとなく、ああやっぱり・・・と思った。彼もまた、「山月記」の虎のような魂に身を焦がされ、ダークサイドに落ちてしまった一人なのか。
「ならなかったのか」に対して「なれませんでした」。コンプレックスの発露が、英会話や白人女性とのコミュニケート能力だったんじゃないかな、と思ったり。


自分も、同じだ。別に両親は高学歴ではないけど、小さい頃からしっかり者のイメージがあって、高校受験まではそこそこ勉強も出来た。でも高校ではどんどん落ちこぼれていき、大学ではなくそのとき興味があった映像関係の専門学校に行こうと思った。

そう話したら、優秀だったけど大学に行けなかった母(昔の田舎ってのは「女に学問はいらねえ」の世界だったので)から「お金は出してあげるから、大学に行って」と言われ、建築関係の学科を受験した。二校受けて、片方に落ち、不本意ながら受かった方に行った。家は決して裕福ではなかったので、高い受験料をかけて何校も受ける気にはなれなかったし、浪人という選択肢もなかったから、それはそれで自分の選択だったのだが。


入学した段階でもう、コンプレックスの塊。友だちなんて出来ない。思春期だからモテの問題も絡む。18歳か19歳くらいまでは、いつも「いつか死のう」と思ってた。
でも多分、表面的にはうまくやってたはずだ。今でもつき合いのある友人だって出来たし。大学生活の後半はちょっとモテ期にも入ったのでw、その余勢を駆ってなんとか就職も果たした。


その後伴侶を得て、無事に子どもにまで恵まれたんだから、自分は運がよかったんだろう。でもどこかでボタンが掛け違えば、何らかのダークサイドに堕ちたかもしれない危険性は、今でも感じる。殺人ではないにせよ、自殺だったら十分あり得た。


この前のはてブでも、高過ぎるプライドをもて余す人がホッテントリになってたし、この手の話題は昔からずっとあるし、これからもなくならないと思う。


市橋容疑者には、何か事件が起ると必ず言われる「人格的な偏り」を感じない(あくまで今までのところ出ているマスコミ情報から)。
いま一番心を痛めているはずなのに、毎回記者会見にきちんと応じている市橋容疑者の両親や、大学時代の恩師の呼びかけ(「市橋達也君に告ぐ」)を読んでも、市橋容疑者はそれなりにちゃんとした居場所を築き、愛されていたように思う。

逃走中ですら、仕事先の建設会社の関係者の心証は悪くない。「大ちゃん」と呼ばれ、ケンカの仲裁に入ってくれた同僚に「大人が殴れば死ぬこともあるねんで」と諭され、号泣するエピソードは、それがみんなにも印象的だったからだろう。
周囲はそれなりに彼を受入れていたようだけど、彼自身は「自分は世界に受入れられている」、と感じたことがあったんだろうか?


几帳面な字や、繊細な線でさらさらと描かれたリンゼイさんのイラストからは、医学じゃない道に自分の進路を見定めた方がよかったんじゃないか、という思いも抱かせる。庭園設計、案外向いてたんじゃないかと思うけど、本音でやりたいわけじゃなかったのかもしれない。


結局、医者になるという夢から破れた自分を、自分自身でどうやって救ってあげられるか、ということなのだと思う。事件の真相究明とはまた違うけど、市橋達也という人がどうして事件を起こし、2年7ヶ月もの間逃げ回っていたのか、については、とても興味がある。これからもウォッチしていくつもり。

*1:まさにダークサイドに堕ちたアーティスト・岡村靖幸が好きだった・・・いや、今も楽曲は好きだけど