2011.Aug.7 ノービスオープン・トーナメント


終わってしまうと、本当にあっけない。
2011年8月7日 日曜日、10時31分。
そこから始まって過ぎ去ったあっという間の、でも永遠にも思えた5分間。


前日はやっぱり目が冴えてしまって、睡眠時間は結局4時間くらい。でも、眠くないし体調も悪くない。気になるのは口元に出来てしまったニキビがちょっと痛むことくらい。*1
体重如何によってはまたウォーキングに行くつもりだったけど。計ったら900gマイナスくらいなので、朝食を軽めにする程度で乗り切ることにする。体力温存。


出かけるまでTwitterFacebookでメッセージをくれた人に返事をする。結構いろんな人が応援してくれてて、なんだか嬉しくなるのと同時に、ちょっと緊張感が増す。

・・・そう、あんなに長いこと緊張しすぎていたせいか、前日の夜くらいから嘘のように緊張が抜けていた。肩に力が入らなくていい傾向だと思ったものの、会場到着後自分の順番が第3試合と知って焦る。こ、心の準備が・・・!


比較的緊張してないと思ってたけど、アップでやった打ち込みの最中、N本さんの横っ面を蹴飛ばしてしまう(N本さんごめんなさい・・・)。やっぱり緊張してる、身体の動きがぎこちない。あと数分なのに大丈夫かな。

予備計量では確認したものの、実際の計量はやはりドキドキした。結果はマイナス1.1kgと余裕でクリア。あとは本当にマットの上で相手と対峙するだけ。


会場ですれ違う白帯の女性はみんな、だれもかれも強そうに、落ち着いてるように見えた。
帯にストライプが一本も入ってないのは自分くらいだ。明らかにみんな格上、どんなすごい人と戦うことになるんだろう・・・いやいや、大丈夫。道着を着た自分だってそう見えてるよ、きっと・・・多分・・・


私よりちょっと若いくらいで、優しそうな女性が目に留まる。あー、対戦するのがこんな人だったらいいな。怖くないし。と思ってたら、本当にその人が対戦相手のHさんだった。
試合前にちょこっと話しかけたときも、雰囲気がよくてなんだかホッとした。ここで安心してよかったのかはわからないけど。


よろしくお願いします〜、とふやけた中途半端な笑顔で挨拶していたら、急に審判に呼び出されて、気がついたらもうマットの上に。
いきなり「道着の下のTシャツは禁止。次の試合からは必ずラッシュガードにすること」、と思いもよらない注意を受ける。知らなかった。そうなんだ。


コンバット!」という掛け声*2で、いきなり試合開始。
さっきまでの優しそうなHさんの表情が、一瞬で厳しいものに変わる。ヤバイ、落ち着け。タックルで来るかな、まだ立ち技はあまり得意じゃないんだけど。どうしよう、何からやればいいんだ。


ちょっと様子を見ていたけど、柔道系の攻撃はなさそう。よし、引き込んでみるか。とにかく両袖つかんで足を腰にかけて、と考えていたら。一瞬Hさんの方が先に動いて、あっさり先に引き込まれてしまった。

そこからあとは道場で練習してるパターンとまったく一緒。三角取られてそれを抜くのに身体の全リソースが総動員されるという情けない展開に。体勢が変わっても今度は腕十字取られそうになったり、とにかく常に腕を取られて防戦一方のまま。


腕の力は私の方が強かったらしく、腕十字は極められそうで極まらない。極められたくない、一本で瞬殺されるのだけは勘弁してほしい。
なんとか引き剥がすものの、三角で絞める相手の力の強さに、目の前がうっすら白くなる。コンタクトがずれてるだけなのか、本当に酸欠気味になってるのかわからないけど、とにかく苦しい。

ちくしょう、うまいなあ。道場でマスターにやられてるのと、これじゃ全くおんなじパターンだ。今まで何練習してきたんだろう。わかってたはずなのに、なんでこういう展開になっちゃうんだよ。


会場はマットが6面もある広いところで、場内に響く歓声もものすごい。はずなのに。
プールの中にいるみたいに、すべてがくぐもった音の世界。歓声が遠くなる。息ができない。ずっと絞めつけられてるうちに、集中が途切れて徐々に意識がぼやけていく。


ひょっとしてこの調子でタップしないと、人生初の試合で人生初の「落ちる」経験までしちゃうのかな?
マズイよね、このまま意識なくなるのなんて。そもそもカッコ悪いし。


Hさんの足は相変わらず首に絡みついてほどけない。こんな調子じゃ、ただ耐えていても状況なんて変わりっこなさそう。
いままでの練習で、ここまで苦しいのに耐えたことなんてない。そもそも試合に出るのが目標だったんだし。もういいよ、ここまでで十分頑張ったじゃん。

タップしよう。そう思って、かろうじて少し動く左の手のひらをを上げかけたとき。
少年マンガ吹き出しよろしく、どこからか声が降ってきた。


「オマエノ 『ゼンリョク』ヤ 『セイイッパイ』ハ ソノテイドナンダ」


その瞬間、締めつけられてたせいで狭く切り取られていた視界が急に開けて明るくなった。
それまで遠くに聴こえていた場内の歓声が、わっと耳に入ってくる。


出稽古につきあってくれたYさんが叫んでいる。はっきり聞こえないけど、何か言ってくれてるのはわかった。そうだ、動かなきゃ。逃げて体勢変えるんだ。
少しずつ音がクリアになってきて、Hさんへの声援も聞こえる。

「取れるよ!そのままで一本、絶対取れるから!」


・・・ざけンなよ、取らせてたまるか!負けてもしょうがないけど、こっちだって5分間は絶対闘い抜くって、一本負けはしないって決めて来たんだよ!!ナメンな!!!


とにかく体勢を変えるために、もうこの辺からは柔術というよりただのキャットファイトの様相を呈してくる。後ろに下がったり横に転がったり、とにかく動ける方に動く。どっちを向けばいいとか悪いとか、全く考えない。考えられない。
審判からは「相手の顔を押さない」「(道着の下に着ている)ラッシュガードを引っ張らない」と細かく注意が入るけど、そんなの構ってられない。空いてる左足でHさんのアゴを蹴飛ばさんばかりの勢いで、絡んでいる腕に足をかける。


3分以上経ってからだと思うけど、Hさんの動きが少しゆっくりになって、息がはあはあ弾んでいるのが聞こえた。疲れてる、この人も疲れてるんだ。私だけじゃない。まだまだいける・・・!

一瞬、密着していたお互いの身体が離れた。外れた!やっと身体が楽になって、ほっとして息を吸い込む。


「パスパスパス!」と叫ぶYさんの声が。あっそうだ、ぼんやりしないで今度は相手を攻めなくちゃ。


―それなのに。時すでに遅し。あっという間にHさんはまた体勢を立て直し、パスガードのチャンスは過ぎ去ってしまった。
その後も一度バックが取れそうだったけど、やっぱり攻めきれず。

「あと一分半!」

「あと40!」


残り時間、また腕を取られてそれをしのいでいるうちに、あっけなく試合終了のブザーが鳴った。

審判に取られた私の左手ではなく、Hさんの右手が体育館の天井に向かってまっすぐ伸びた。
終了。


マットから降りる時、横目で確認したポイントは2-0だった。何で取られたのかはよくわからなかったけど、とにかく負けた。
こうして、ひたすら締められ続けた私の初試合は終わった。


直後は割と爽快だった。5分闘った後にしては体力もまだ残ってたし、自分の目標だった「5分間、一本を食らわず耐えること」はクリア出来たから。でも。


試合の流れを思い出しているうち、どんどん悔しくなってくる。

あそこで最初に腕を取られなかったら、自分から相手に仕掛ける展開も出来たかもしれない。
防戦にあそこまで体力使わなかったら、身体が離れた瞬間、すぐにパスガードに持ってけたのに。バックだって取れたかもしれないじゃないか。
全部出来てたらひょっとして、私が勝てた可能性もゼロじゃなかったかもしれない・・・


勝ちたい。今度は勝てる試合がしたい。たとえ一勝でもいいから、とにかく試合終了後、勝者として自分の手が上がる瞬間を体験したい。

試合に出る前は「出ることに意義がある」、と思っていたけど。
たった5分で、意識の地平線は180度切り替わった。


さっきまで自分が立っていたマットでは、他の人たちの試合が続いている。
それを観客席から見下ろしながら、もう次の練習に行きたくてうずうずしてる自分に気付く。


いまの日本の現実も、自分の年齢含め諸々の状況も、どう楽観的に見てもバラ色な未来を描いてはくれない。

でも柔術に触れているときに自分が感じる未来は、決して悲観的なことばかりでもない。


明日、明日。
明日のこと考えよう。同じ体勢でうずくまってないで、なんでもいいから動くんだ。

体育館の蒸し暑い空気の中、一瞬吹き込んださわやかな風が汗まみれの私の髪をふわりと撫でて、そのまま流れていった。

*1:懐かしくなって調べたら「思われニキビ」だった(ノ´∀`*) 思いを寄せてくれている男子諸君、正直に名乗り出なさい♪

*2:始まるときの掛け声は「コンバット!」だなんて知らなかった。応援いくときはそんなとこまで聞こえないし。どこからどのタイミングで試合が始まるのか、このときになって初めてわかったという・・・